しょうせつ

その日、ウチの馬鹿毛玉はまたしてもに海へ放り投げられるのだった。





 

【毛玉とスパイのとある一日】

その日は毛玉の能天気な声との怒声が艦内に鳴り響く、いつも通りの朝だった。 ただいつもと違ったのは、今日が11月15日だったということ。 そう、ウチの毛玉の誕生日というやつだ。 「ー!!おんしも祝っとーせー!!」 『うるっさいわねぇ!!隊士たちにあんだけ祝われてまだ祝ってほしいっての!?』 頭の軽い毛玉は今にも飛んでいきそうなくらいぴょんぴょん甲板を跳ねまわり、 はそんな毛玉をうっとうしそうに睨みつけている。 そう、今日は毛玉の誕生日。 いつもはちゃらんぽらんな奴だが隊士たちからの信頼は厚い。 今日か朝から隊士たちが入れ代わり立ち代わりで奴のもとへ出向き、 プレゼントやら祝いの言葉やらを贈っていたのだった。 それは日頃の感謝であったり、いつも通りの毒舌であったり、 オババに至ってはボケが進んだのか 「昨日の石は最高でした」などと何年も前の話を持ち出したりしていた。 それでも毛玉は例のごとく笑って、 全員からの真心を本当にありがたそうに受け取っていたのだ。 そして、わしも含め隊士たち全員が毛玉に贈り物を渡し終わった時点で、 毛玉はその場に崩れ落ちてわんわん泣き始めたのだった。 「分かっちょったよ!?分かっちょったけど!!  何ではプレゼントどころか姿の1つすら見せてくれんのじゃー!!」 うわああ!といかにもわざとらしく大泣きし始めた毛玉に、 周りに居たものは「またか、」と大きくため息をついた。 「おまんまだんこと諦めちょらんかったんか。」 わしが溜息にさらに溜息を重ねてそう言えば、 毛玉は「あたりまえぜよ!!」とまるで駄々をこねる子供のように喚き散らした。 先程から話に出ているというのは、ぶっちゃけた話ウチへのスパイだ。 快援隊の機密情報を聞き出すためにウチへ潜入し、 不運にも毛玉に惚れられてしまい、帰る場所を奪われた哀れなスパイ。 雇い主を失ったはあれよあれよといううちに快援隊に住み着いてしまった。 そして、毎日のようにウチの毛玉に追い回されては怒鳴る日々を送っている。 「どうせおまんがウザすぎてどっかでかくれんぼでもしちょるんじゃろ。」 「かくれんぼ!?なんじゃあ!も可愛らしいことするのぉ!」 そう言って毛玉がを探しに行ったのがほんの数分前。 そして現在、跳ねまわる毛玉から逃げてきたがこの甲板に姿を現したのだった。 「そりゃあ隊士たちから祝ってもろーたんはまっこと嬉しいぜよ!  でもわしゃあに一番に祝ってほしいんじゃー!」 『お生憎様!!  アタシはアンタに恨みはあれど日頃の感謝なんてこれっぽっちもないから!!』 「ほいたら恨み言でもええきに、2人っきりで語り明かそうやないか!」 『絶対にイヤ!!』 いつものように甲板で追いかけっこをしている2人を見て、 もうすっかり慣れてしまった隊士たちは器用に避けつつ 「平和だなぁ」「そうだなぁ」なんて会話をしながら仕事をこなしている。 たくましいと喜ぶべきか、アホな毛玉に慣れてしまったことを嘆くべきか。 わしは快援隊の未来を憂い、頭を抱えて大きなため息を吐いた。 「そうじゃ!そういえばわしからプレゼントがあるぜよ!」 『あぁ!?』 飛び跳ねていた毛玉が急に何かを思い出したように立ち止まり、 先程までプレゼントをくれと言っていたのが嘘だったかのようにそう言った。 毛玉の突然の発言にイラッとしたのか、はガラ悪く唸ると一層キツく毛玉を睨みつける。 『アンタさっきまでプレゼントくれって言ってなかった!?』 「わしが言ってもおんしはくれんじゃろ?」 『何よ、分かってんじゃないの。』 「せやき、発想の転換ぜよ!」 そう言うと毛玉は「ちくっと待っとおせー」と言って艦内に走り去って行った。 わしから言わせればこの間に逃げてしまえばいいものを、 という女は妙なところに律儀な奴なので、 毛玉を怪訝な顔をして見送った後、言う通りに甲板で待っていたのだ。 こういう奴だからこそ、快援隊の連中もだんだんとに懐いてきているのだと思う。 そうしてしばらく経った後、艦内から何やら怪しい箱を持って毛玉が帰ってきた。 『何それ?』 が指さしたのは黒塗りの箱。 ジャンプを3〜4冊程重ねたくらいの大きさで、中からは水のような音が聞こえてくる。 「たまたま昨日、商売先の星で売っちょったんを見かけてのー。」 そう言って毛玉が箱を開けると、そこには1匹のうつぼが。 『うわっ!気持ち悪ッ!!』 「気持ち悪いとはなんじゃあ!滋養強壮によぉ効くがよ?」 『えっ、そうなの!?』 「地球の漁師の間じゃあ海の栄養剤ち呼ばれちょるほど栄養価が高いんじゃ!  しかも、女子には嬉しいコラーゲンもたっぷり含まれとーぜよ!」 毛玉がニコニコと説明すれば、 は少しだけ興味を示したのかそろそろと毛玉に近づいて箱の中を覗いてみる。 中ではうつぼが窮屈そうにぬるぬる動いていて、 があからさまに嫌そうな顔をした。 『ダメ、やっぱり気持ち悪い。』 「せっかくおんしの為に買うたのに。」 『えっ?』 が顔を引きつらせながら聞き返す。 すると毛玉はこれでもかという程の笑顔でに笑いかけた。 「土佐ではのぉ、妊婦にはうつぼを食べさせろっちゅー言葉があるんじゃ。」 毛玉のその言葉と屈託のない笑顔に嫌な予感がしたのか、 はみるみる顔を真っ青にしておもむろに毛玉との距離を広げていった。 しかし毛玉は相変わらずの笑顔でとの距離を詰めていく。 『ア、アタシ妊婦じゃないし!!』 「まぁ順序が逆になったところで別にええじゃろ。」 『ちょ、』 「食べてすぐに栄養になるわけじゃあないからのー。」 『近付かないで!』 「プレゼントは子供でええぜよ!」 『何さらっととんでもないモンリクエストしてんのよ!!』 「、わしゃおんしにまだなーんも情報ば漏らしとらんぜよ?」 『知ってるわよ!!でももういらない!!』 「今日はわしの誕生日やき、  色仕掛けでもプレゼントしてくれたらなーんでも喋っちゃるきに!」 『うるさい!いらない!近寄るな!!』 「今ならこのうつぼもセットにするぜよ!」 『もっといらないわよバカ!!』 「覚悟しとーせ、。」 ニヤリ、と笑顔を崩しグラサンの奥を光らせた毛玉にとうとうヤバイと感じ取ったのか、 は見事な方向転換で一目散に毛玉から逃げ出した。 その後を毛玉はあの笑い声をあげながら追いかけてゆく。 「あはははは!あはははは!待っとーせー!!」 『イーヤー!!来ないでー!!』 自分ならあの笑い方で追いかけられたら軽くトラウマになるだろうな……。 きっと一部始終を目撃していた隊士たちは誰もがそう思っただろう。 そんな心中を表すかのように全員が青い顔をしている中、 2人はまたしても甲板で鬼ごっこを開始したのである。 そうして毛玉が箱を落とし、うつぼのねばりで足を滑らせ、 その隙を逃さんとが毛玉を背負い投げて海へと放り投げたのは、 鬼ごっこが始まったわずか3分後の出来事だった。

いつもりの、いつもとう1日

(結局毛玉は1時間ほど海を彷徨い風邪を引いた) (馬鹿なのに) (しかしから看病というプレゼントをもらっていたので、) (やはりコイツは策士なのだと思った) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ 辰馬、お誕生日おめでとー! ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2015/11/15 管理人:かほ