しょうせつ

『土方さん、明日はバレンタインデーですねっ♪』

ある日の夕食の席で、俺の向かいに座っていたちゃんが
隣に座っている副長に持ち前の可愛らしいアニメ声でそう言った。
そんな真選組の紅一点であるちゃんにすっかり惚れ込んでいる副長は、
プライドなのか単なる照れ隠しなのか、一切表情を変えずに、
しかし絶対にちゃんの顔を見ようとせずに言葉を返した。

「俺ぁ甘いもんはあんまり好きじゃねぇんだがな。
 それに、バレンタインデーなんて浮かれた行事に興味はねぇ。」
『そっ、そうですよね……。
 土方さん、毎年ダンボール4個分くらいのチョコが届くし……。
 その上アタシが渡したりなんかしたら……迷惑ですよね……。』

副長の辛辣な言葉でシュンとしてしまったちゃんに、
ツンデレのつもりなのか何なのか、
副長はちょっと顔を赤くしながら「マヨチョコなら……」と呟いた。

『え?マヨチョコ?』
「俺はマヨネーズが入ったチョコしか食わねぇんだよ。
 もしどっかの誰かさんが作ってきたら、俺はそれだけを食べる。」
『ひっ、土方さん……!』

典型的なツンデレに、ちゃんはパァッと顔を明るくして喜んだ。

『分かりました!アタシ頑張って作ってきますね!
 マヨチョコなんて味見したくないからどんな味になるか分かりませんけど!』
「お前本当に俺のこと好きなのか?」

そんな会話があったのはつい昨日の話。
そんなこんなで今日は一年に一度のバレンタインデーだったりする。
ちなみにちゃんに満面の笑みで
『明日楽しみにしてて下さいねっ♪』と言われた後の
副長のだらしない嬉しそうな顔は沖田隊長のカメラにしっかりと収められている。
今日も副長のだらしない顔がカメラに収まるのかと
隊士全員が内心楽しみにしていた時、事件は起こった。

「氏ィィィ!!!!!」
『きゃあぁぁぁ!?』

俺が食堂に入った時には既に事件は勃発していて、
何故かトッシー化してしまっている副長が
エプロン姿のちゃんに抱きついているところだった。

「え、何?何コレどういう状況?」
「おう山崎じゃねーかィ。暇ならお前も手伝え。」

そう言った沖田さんの手には上等な一眼レフが装備されていて、
ちゃんに迫るトッシーを思う存分撮影しているところだった。

「総悟止めろ!今はそれどころじゃないだろ!」
「そうだぜ沖田隊長!とりあえず副長を止めねーと!」

どうやら事態は俺が思っているよりも深刻らしい。
それは局長や原田さんの深刻な顔と場の雰囲気から嫌というほど感じ取れる。
でも、何度目をこすって見ても、
俺にはただオタク化(トッシー化)した副長が
ちゃんに抱きついて超嫌がられているようにしか見えないんだけど……。

「氏かわいい声かわいい顔かわいい氏萌えぇぇ!!!!」
『嫌ぁぁぁ!!!!土方さんのイメージがぁぁ!!!!』

その叫び声に、俺はことの深刻さを理解した。
ちゃんはクールでカッコいい副長の事が好きなのだ。
そんな副長の皮を被ったオタクが迫ってきたら、
きっと想像を遥かに超える精神的ダメージに違いない。

現にちゃんはボロ泣きしていて、
その場にしゃがみ込んでいるではないか。
これはいかんと思い、俺はトッシーを引き剥がそうとしている局長達に加勢し、
なんとかトッシーをちゃんから離すことに成功した。

「氏ー!!何でそんなに嫌がるのかなー!?」
『何でトッシーになってるのよぉー!!アタシの土方さんがー!!』
「何を言うんだ!僕は正真正銘・土方十四郎じゃないか!」
『お前はトッシーだろーがバーカ!!!!』

よっぽどショックだったのか、
普段なら絶対に「馬鹿」なんて暴言を吐かない温厚なちゃんが
仮にも副長に向かって「馬鹿」だの「ボケ」だの暴言のオンパレードだ。
そんなちゃんを介抱しているのは養父である局長。
そしてその隣には未だにカメラをしっかり握っている沖田隊長の姿があった。

「トシ!本当に何でそんなことになっちまったんだ!?」
「僕はただ恥ずかしがり屋の十四郎の為に出てきてあげたまでさ。」
「恥ずかしがり屋?昨日はあんな冷静な態度をとってたくせに、
 やっぱり土方さんはむっつりスケベだったってことですかィ。」
「まぁ十四郎がちゃんのチョコを楽しみにしすぎて
 勢い余って僕が出てきたと言っても過言ではないね。」
「お前は遠足前の小学生か!!」

まさかの副長の裏話に、思わず局長が盛大にツッコミをいれた。

「そんなわけで、そのチョコは僕が頂いたー!!」
「あっ、しまった!」
「ちゃん危ない!!」

俺が叫んだその瞬間、急にトッシーがバタンとその場に倒れこんだ。
あまりにも急な出来事だったので、
その場にいた全員が驚きのあまり口を大きく開いて副長を凝視する。
数秒後、のそりと立ち上がった副長の手には、煙草の箱が握られていた。

「ったく、トッシーの野郎……。」

そう言った副長が、ライターを手に取り煙草に火をつけた。
そしてしばらく煙草を吸った後、
ふーと溜息を吐くようにして煙を外に吐き出した。

「惚れた女のチョコくらい、プライド捨ててでも自分で喜ぶ。」

その言葉に、ちゃんの顔が真っ赤に染まった。

「オイ。そのチョコは俺に渡すもんだろ?
 他の誰にも、ましてやトッシーの野郎なんざに取られるんじゃねーよ。」
『ひ、土方さん……!!』

その可愛い顔に涙をいっぱい溜めながら、ちゃんは副長に飛びついた。
ちゃんは嬉しそうな顔で副長の胸に顔を埋めていて、
副長はあまりの嬉しさにだらしない顔を制御しきれていなかった。
後日、そのだらしない顔をした副長の写真が
沖田さんによって屯所中にばら撒かれたのはまた別のお話。




ビターを装ったベリースイート

(はい土方さん、あーん♪) (バッ、バカヤロー。そんくらい自分で食える) (土方さん、鼻の下が伸びきってやすぜ) (総悟、とりあえずカメラを置け) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ アニメ声のヒロインとトッシーのコンビって究極の萌えじゃね?っていう話。 ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2011/03/20 管理人:かほ