しょうせつ

トシとは武州に居た頃からの知り合い。いわば幼馴染というやつだ。
家が近所だったということもあって、アタシ達はいつも一緒に遊んでいた。
……ううん、アタシ今ちょっと嘘ついた。遊んでなかった。一緒に喧嘩してた。
何故か不良を引き付ける体質らしいトシは外に出る度に不良に囲まれていた。
そんなトシと一緒に居るアタシも当然の如く不良に絡まれるわけで、
アタシ達は「狂犬と化け猫」というコンビ名でそれはそれは恐れられたものだった。

そんなアタシ達も近藤さんに拾ってもらって、
こうして真選組でそれなりに幸せな生活を送っている。
鬼の副長と恐れられるトシも、昔馴染みのアタシには弱い部分も見せてくる。
あんまり人に頼ることをしない人だけど、
アタシには何かと頼みごとをしやすいのだそうで、
副長補佐としてトシの手伝いをする為に日々奮闘しているのだ。

でも、こんなお願いをされたことは今の今まで一度もなかった。

「頼む、後生一生の願いだ。お前のその萌声で
 “トッシー大好き♪”って言ってやってくれねぇか……。」
『…………。』

アタシはあまりの出来事に言葉を失った。
トシはと言うと、もうプライドも何もかも捨てきったと言わんばかりに
目を瞑って膝の上で握った拳をプルプルと震わせながら唇を噛み締めている。
どうやらよっぽど言いたくなかった頼みごとらしい。

『あの……トシ、一体どうしたの……?トッシーと何かあったの?』

一応、アタシも伊東先生の事件の時に
トシがトッシーというオタクに乗っ取られていたことは知っている。
でもアイツあの後一度も出てきてないし、
てっきりトシが精神力で捻じ伏せたものとばかり思っていたんだけど……。

「お前には黙っていたが、コイツまだ時々俺の体を乗っ取りやがるんだ……。」
『えっ、そうなの?全然気がつかなかったけど。』

少なくとも日常生活とか仕事とかに影響は出てなかったでしょ?
アタシがそう尋ねると、
トシはガバッと掌で顔を覆って恐怖に慄きながら言葉を紡いだ。

「確かに日中はコイツに支配される事はなくなってきている……
 だが、お前が寝ている間にハァハァ言いながら寝顔を撮影してたり、
 お前の声を録音してアイポッドで聴きながらハァハァ言ってたり、
 挙句の果てにはお前の使用済みの箸をハァハァ言いながら――。」
『あのトシそろそろ黙ってくれるかなアタシの名誉のためにも。』

トシはよっぽど屈辱的だったのか、
振り上げた拳を床に叩きつけ丸まった姿勢のまま打ち震えた。

「そりゃやってるのは確かに俺の体だ!!だが俺は全く覚えてねぇんだ!!
 さながら氏を他の男に取られたかのような感覚に陥っている毎日!!」
『アタシも今恋人をオタクに取られた気分だよ。』

アタシが呆れた声でそう言うと、トシはハッとして自分の顔を思いっきり殴った。
トシって周りから冷静でクールな一匹狼だと思われてるけど、
結構手ぇ早いし攻撃的だしツッコミ気質だし叫びキャラだし、
アタシから見たら『クール?はっ!笑わせる!』って感じなんだよなぁ。

「悪い、今のは忘れてくれ。」

ゴホン、と咳払いを一つしてからきっちり正座をし直して、
懸命にその場を立て直そうとするトシだったけど、
アタシの引きつった笑顔だけは元には戻らなかった。

『いや、今のはちょっとやそっとじゃ忘れられないくらいの衝撃だったんだけど。』
「とにかくだ!今後の俺のプライドに関わるからトッシーと話し合ったんだ。
 そしたらトッシーがお前に大好きって言ってもらったら迷わず成仏するってよ。」

なるほど、だからさっき“トッシー大好き♪”って言えって言ったのか。
ようやく話の全貌が見えてきたアタシは『へぇー、』と言いながら2、3回軽く頷いた。
って言うかそれだけの話だったんなら
途中のトッシーの奇行の件は話す必要なかったんじゃないの?

『でも、トシはいいの?アタシがトッシーに大好きって言っちゃっても。』

アタシが尋ねると、トシは一瞬すごーく嫌そうな顔をして、
それから「しょうがねぇだろ」言いながら大きな溜息を吐いた。

「勿論嫌だが、背に腹は代えられねぇ。コイツを成仏させる為だ。」
『んー……アタシは別にいいんだけど……。』

一つ思うところがあったアタシは返事を曖昧に濁した。
するとそれを感じ取ったのか、トシが怪訝な顔で「何だよ」と尋ねてくる。

『あのね、アタシ、トシにまだ大好きって言ったことないよ?』
「だから何だ。」
『トシはいいの?アタシの初めての大好きトッシーに取られても。』

ハの字眉でそう言ったアタシを見つめて、
トシは盲点だったと言わんばかりに目を丸くした。
アタシは別にトシがトッシーの呪縛から解放されるためなんだったら、
大好きの一つや二つ何度だって言ってあげるんだけど……。

「そ、そんなお前、処女じゃねぇんだから……。」

明らかに動揺しているトシは平静を装いながらそう言ってアタシから顔を背けた。
アタシと話をしている時に顔を背けるのは、
トシがアタシに何か隠し事をしているサインだ。
まぁ今回のは全然隠せてないし、トシが動揺しまくっているのも分かってるんだけど。

『トシ。』
「……何だよ。」

アタシが甘えた声で名前を呼べば、
トシは赤く染まった顔をちょっとだけこちらへ向けてくれた。

『アタシはヤだな。トシ以外の男の人に初めての大好き取られるの。』
「そんなもん俺だって……。」

トシはゴニョゴニョと言葉を濁してまた顔を背けてしまった。
そしてしばらくしてから意を決したようにアタシの顔を見て、
でもやっぱり恥ずかしかったのかすぐに視線を逸らしてしまう。

「……俺に言った後、トッシーにも言ってくれ。」
『トシのツンデレ。』
「うるせぇ!!」

そう言って全力で照れ隠しをするトシがあまりにも可愛くて、
アタシはふふ、と微笑みながら勢いよくトシに飛びついた。




鬼の副長ヘタレ

(トシ大好き♪) (あーもー分かった分かった!もういい!もうそれ以上言うな!) (トシ大好き。大好き!だーいーすーきー!) (テメェ言うなっつってんだろ!!) (トシ鼻血) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ 六万打本当にありがとうございました! この人は恋愛に関してはとことん奥手でヘタレだと信じて疑わない。 ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2011/10/23 管理人:かほ