しょうせつ

『あっ、土方君だー!』

そう言って満面の笑みで俺に駆け寄ってきたのは、
俺たちの隊服とは少し作りの違う真っ白い隊服を身に纏った一人の女だった。

『今何してるの?見廻り?』
「あぁ……まぁな。」

俺は動揺している自分を押し殺してそう返事をした。
幸い、いつも隣にくっついているエリート野郎は今日は居ないらしい。
アイツが居るととまともに話すら出来ねぇからな……。
俺はそんな事を考えつつ、相変わらずの無邪気な笑みで俺を見上げてくる女、
警察庁見廻役の松平の顔を見つめた。

「お前は何してんだ?一人なんて珍しいじゃねぇか。」
『そうなの!最近ずっと佐々木君が一緒に居たから息が詰まっちゃって。
 だから見廻組の屯所から逃げ出してきた!』

パァッと音が聞こえてきそうなほど可愛らしい微笑みを俺に向けるに、
俺はなぜか冷や汗が止まらなかった。
オイオイちょっと待ってくれ。コイツ今なんつった?逃げ出してきた?
つまりは見廻組に無断で屯所を抜け出してきたと。
じゃあ普通に考えると、見廻組は今全力でを探してるということだよな?

俺は嫌な予感がしてきて、思わず顔が引きつった。
今にも後ろから銃を突きつけられそうな雰囲気があたりに漂う。
町中でバッタリと出会ったのは幸運だったが、
こんな危険な状況でと一緒に居続ける度胸は生憎持ち合わせては居なかった。

「そ、そうか……あんまり連中に心配かけんなよ。じゃ、じゃあ俺はこれで……。」

俺は逃亡中のと一緒に居ることで誤解を生じるのも面倒だと思ったので、
名残惜しいがその場を早々に立ち去ることにした。
しかし俺の思いとは裏腹に、は『えぇー?何でー?』と不満そうに言いながら
俺の腕を自分の両腕でしっかりと抱えて俺を引き止めた。

『せっかくだから一緒に遊ぼうよー!』
「わ、悪ぃな。俺いま仕事中だから……。」
『アタシだって仕事中だもん!』
「だったら尚更遊んじゃだめだろ!!ちゃんと仕事しろ!」
『土方君ひどい!アタシのことが嫌いなの!?』

多分冗談で言ったであろうのその言葉に、
俺は思わず真剣に「そんなわけねぇだろ!!」と言いそうになってしまった。
「そ」まで出た言葉をなんとか飲み込み、俺はから顔を逸らす。

とっつぁんに連れられてが真選組屯所にやってきた時、
俺は見廻組のトップということでをあまり良くは思っていなかった。
前々から見廻組の噂は聞いていたし、ウチとは全く合わない連中だと思っていたからだ。
しかしはウチの野郎共の中に居ても常に楽しそうに笑っていた。
それどころか、総悟と一緒に近藤さんに怒られるような悪戯もする奴だった。

第一印象とあまりにも違うの振る舞いに、
俺はいつの間にかに興味を持ち始めていた。
見廻役という役職と松平の名を背負っていながらも、
無邪気な笑顔で関わるもの全てを癒す、天真爛漫な松平という人間に。

俺がそれを自覚したのは、と一緒に居る時に
必ずと言っていいほどトッシーが出てくるようになってからだった。
今はもう成仏したが、昔はを見るたびに
「氏萌ええぇぇぇ!!!!」と叫んで地面を転がり回っていた。
唯一の救いは、この姿を見廻組の連中に見られなかったことだ。
あの頃はとっつぁんと一緒に屯所に来ていたからな。

『よーし土方君!そうと決まれば早速行くよー!』
「は?」

過去回想の世界に旅立っていた俺は、のその言葉で一気に現実世界に引き戻された。

「オイオイちょっと待て!一体何が決まったっつーんだ!」

俺の腕を引っ張りながらどこかに歩いていこうとするを制してそう言えば、
は楽しそうに笑いながら俺を見上げた。

『土方君がアタシにクレープおごってくれるの!』
「はぁ!?誰がいつんなこと言った!?」
『アタシが今決めた。上司命令だからね!』
「職権乱用にも程があるだろ!!」

理不尽なの要求にそうツッコミながらも、
心の中では「まぁクレープくらいなら……」と思っていた時だった。

ゴリッ

突然後頭部に硬いものが当たる感触がして、俺は思わず息を呑んだ。

「土方さん……さんを連れ出して一体何をしようとしていたんです……?」

聞き覚えのあるその声はいつもよりドスが効いていて、
俺が何も返事をしていないのに後頭部の銃からカチ、という音が聞こえてきた。

「オ、オイ……ちょっと待っ……。」
『佐々木君!今すぐ銃を降ろしなさい!』

予想通りの展開に俺が顔を引きつらせていると、
俺の腕に纏わりついていたが佐々木に向かってそう怒鳴った。
怒鳴ったと言っても迫力などは皆無で全く怖くも何ともなかったのだが、
上司であるの命令に佐々木が逆らえるはずもなく、
俺の後頭部に押し当てられた銃はゆっくりと下に降ろされた。

『土方君は関係ないの。アタシが勝手に屯所を抜け出しただけ。』
「では何故ここで土方さんに抱きついていたのですか。」
『クレープおごってもらおうと思って。』

は平然とそう言ってにっこりと微笑んだ。
すると佐々木は一瞬怪訝そうな顔をしたが、の笑顔に負けたのか、
一度大きな溜息をついたかと思うと
「クレープを食べ終わったら大人しく帰ってきて下さいよ」と言って
案外あっさりとその場を立ち去った。
勿論、帰り際に俺を睨みつけることを忘れずに。

『よし!佐々木君の許可もおりたし、一緒にクレープ食べに行こう、土方君!』

嬉しそうにそう言って天使のごとく微笑んだを見つめつつ、
俺は今までの緊張を全て吐き出すかのように大きな溜息を吐いた。




お前といるとれる

(土方君、大丈夫?顔色悪いよ?) (一体誰のせいだと……) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ 私はどうやら厄介な保護者付きという設定が好きみたいです。 ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2012/03/18 管理人:かほ